サーモン 記録 vol.1

アイイスのサンデーサービスなどイベントで行ったサーモンをこちらに掲載いたします。後記追記しました。

1.循環と光  2021/09/05

2.指導霊の足音 2021/11/14

循環と光 2021/09/05

深い森の中に立っている様子が浮かんできています。上を見てみると、樹齢がかなり古い、何百年といった樹齢の木々たちが立ち並んでいます。今は夏ですから葉が生い茂り、その中から少しずつですが、木洩れ陽が差し込んでいるのが視えています。

聞こえて来るのは鳥のさえずりです。そして時々、風がなびいて葉が擦れる音が聞こえたりするぐらいです。とても神聖な森の中です。
少し視線を落としていくと、そこには下草が生えています。この木々を守るために生えているようです。そして鳥も飛んでいます。

少し向こうのほうには鹿などの動物も視えています。この大木を登るリスであったり、もう少し視線を下に落としていくと、可愛いウサギが走っているのも視えています。

そして足元をしっかり見てみると、腐葉土でしょうか、とてもフカフカになった柔らかい土が一面に広がっています。この土の中には小さな虫たちも暮らしています。

これは、この森の中で生物が循環している生態系の様子を映し出しているようです。
この循環は1日で見てみれば、朝に陽が登り、陽が差し込み始め、真上から木々の間を通って光が差し込み、夕方になれば森をオレンジ色に染めてくれます。

この1日の循環の中に、この森の生命たちはしっかりと順応しています。
1年を見てみても、夏の時期、葉は生い茂り、とても青々としていて、やがて秋が来て、次第に葉が落ちていきます。
冬になったら、この落ち葉は地面に積もって腐葉土となっていき、新しい土となっていきます。
そして、春には新しい芽が出てくるという、そういった循環です。

私たちはこの循環の中に存在しています。今、ひょっとしたら、コロナ禍の中で苦しみの中や辛い生活をされている方もいらっしゃるかもしれません。

そんな中で、私たちはこの循環の中にいるということを今一度思い出してみてください。
私たちに差し込んでくる光の帯が木々から漏れ、必ず1つだけ見えてくると思います。

この光の帯は必ずあなたの元に差し込んで来ます。
たとえ冬が来ても、たとえ夜であっても、朝が来たら、そして春が来たら暖かい日差しとなって、あなたのところに差し込み、あなたを温めてくれます。

そして、真上から差し込んだ光は、あなたをしっかりと照らしてくれます。この循環をしっかりと思い出して、これから皆様が歩いて行く道の1つの光としていただければと思います。

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この後、循環するエネルギーについてレクチャーをしました。今振り返ると、サーモンはその時で終わりではなく、ある時期、自分にとって必要なテーマが含まれているのかなと思ったりします。
もちろん、参加してくださったどなたかに必要なメッセージという事もあります。そのときはよくわからなくても、時間がたった時に読み返してみると、その意味が自分の中に入ってくるときもあります。
やっている私本人はスピリットにお任せなのです。

 

指導霊の足音 2021/11/14

凄く混んでいる雑踏の場面が視えてきているんですけれども、そこが例えば渋谷のあの交差点のような場所で、大勢の人がちょうど信号を待っている様子が浮かんできています。

そして、隣にはそれぞれ皆さんの一番重要で大切な方が立ってらっしゃいます。一緒に交差点を渡るようです。
しかし人混みが凄くて、他の人がたくさんなので、ご自身が歩く道を作るので一生懸命です。
前からも人が来まして、その方たちを避けています。後ろからも来ています。まるで押されるかのように人が来ています。

そんなときは、一緒にいた大切な方を、ひょっとすると見失ってしまうかもしれません。
それでも、なんとか交差点の向こうまでたどり着き、やっとそこで大切な人を見つけたという状況が、今、浮かんでいます。

もう1つは、多分これは海かなと思うんですけれども、海を見ながら、やはり同じようにご自身の一番重要で大切な人が隣に立っています。この方と一緒に砂浜を歩くという状況です。
砂浜の歩く足音が聞こえて来ています。隣の大切な方の足音も聞こえています。海の音も聞こえています。

この波の音はとても静かで、実はとてもリズミカルな音をしています。そんな状況です。

この2つを比べてみると、これは私たちがスピリチュアリズムを学ぶにあたって、光の道を進むときの様子と照らし合わせていると感じます。

ひょっとしたら日常、私たちの中には雑多な生活をされている方が多いかもしれません。
そんなときに重要な方を見失ってしまって、自分自身のことでいっぱいになってしまい、向こう側にたどり着いてやっとそこで見つけられ、安心するようなことがあるかもしれません。

しかし、静かで心が落ち着く場所では、隣に歩いている方の足音さえ聞こえてきます。つまり、これは『集中できる』といったことも意味しているのかもしれません。

私たちがこれから光の道を歩くとき、実はこのように生活の一部に集中できる、隣に歩く人の足音が聞こえるぐらいの場所、またはそういった時間を作ることがときに重要なことがあります。

この隣に歩いている人は、皆様方の指導霊ではないかと思います。指導霊の方たちは、たとえ私たちが日々雑多な生活をしていたり、忙しくて感じられなかったとしても、必ず一緒に歩いてくれています。

それを忘れずに、ときどき海のような静かな場所で、隣に歩く指導霊の足音、また波の音も聞きながら穏やかな時間を作り、皆さんが進んで行けたらいい、そんなふうに感じます。

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心を落ち着ける事、静かに自分自身に集中する事など、普段の生活では気持ちを向けないと雑多な音にかき消されてしまう声があります。
自分が落ち着く自分を作るのなら、雑多な声しか聴けない慌ただしさを作るのも自分なのかもしれません。
ちなみに、瞑想だけではなく、花を活けているとき、音楽を聴いているとき、何かを作っているとき。。。など心落ち着ける時間は意外に作れるものです。